多様な学びの実践事例

写真: 日なた 池田剛さん、清水美鶴さん

子どもが持っている“エネルギー”を回復できる場所に

日なた 池田剛さん、清水美鶴さん
2025年7月31日 公開

「日なた」は中野市周辺エリアの小中学生を対象に、日中の居場所を提供しています。目指しているのは、家庭の経済的負担や地理的な問題を乗り越えて、誰でも安心して学べる場所だと言います。運営するNPO法人ぱーむぼいすの理事長・池田剛さんと、相談を担当している清水美鶴さんにお話を伺いました。

一人一人のペースで、好きなことに向き合う

清水さん
今は中野市を中心に周辺のエリアの小中学生、60人くらいが登録しています。それぞれのペースで通っていて、週1、2日、滞在時間は短ければ2時間、長ければ半日など、各々で決めてもらっています。ここでは好きなことをやっていて、部屋にある卓球台やゲームで遊んだり、キッチンで料理をしたり、レジンを使ってものづくりをしたり、勉強したり。市民体育館が開放される水曜日は皆で行きますし、あとは池田さんと一緒に釣りをする子も多いですね。特に好きなことがないという子には、ボルトの座金組み込み作業をやってもらっています。ずっと通って、内職をやり続けた子もいました。集中して作業ができて、ちゃんと報酬をもらえることが、その子の自信につながったのかもしれません。

最初のうちは、スタッフと1対1でのコミュニケーションでないと不安な子もいますが、いつまでも1対1にはしません。接しながら、どういった関わり方が適切なのかを判断して、自然とほかの子とも一緒に活動できるように促しています。

スタッフは6人います。支援学校、支援学級経験者が多く、学校ともしっかり連携を図り、支援会議に出席して、情報を共有しています。

「頑張りすぎた」と言えるのは、成長の証

清水さん
ここに来たときは皆、“エネルギー”が減った状態です。好きなことをして、大人と関わっていくうちに、少しずつ表情が明るくなっていきます。大切なのは、「頑張れ」とか「目標を持とう」ということではなく、まずはエネルギーをためることだと思います。エネルギーがたまれば、子どもたちは自然とやりたいことに向かっていきます。しばらく通っているうちに、「学校に行ってみようかな」と言う子も結構いますよ。学校を休んでいる期間が長くなればなるほど、行きづらさを感じる場合が多いので、まずは短い時間など無理のないペースで少しずつ試せるように、スタッフが支援しています。以前、しばらく学校に行っていたけれど、また戻ってきた子がいて、その時に「私、頑張りすぎたよね」と言ったんです。そう言えるのはその子自身の自己理解が進んだから。成長の証だと思って、とても印象に残っています。「少しゆっくりして、また力をためればいいよ」と声をかけたら、前向きに受け止めていました。「戻れる場所がある」ということが、一歩前に進む勇気にもなっているのではないでしょうか。

中学校を卒業した後、ここに来たいという子もいますが、そういう時は「新しい場所で頑張れ」ときっぱり言います。居心地がいいからといって、ずっと留まっていても困る。新しい子どもたちがやってくるので、今度はその子どもたちの居場所になっていかなければいけないと思っています。

「やったらできる」を実感してほしい

池田さん
2022年7月に「日なた」を立ち上げたときは、アパートの一室で、子どもは3人でした。そこが手狭になって、今の場所に移ったのが翌年の2月です。当初は中野市内だけでしたが、口コミで広がって、今では周辺の長野市や山ノ内町、野沢温泉村から来ている子もいます。利用料は無料、送迎が必要な場合は実費程度をいただいて対応しています。毎年3月に開く保護者会では、「子どもの笑顔が増えた」「明るくなった」という声のほか、「無料だから通わせることができる」「送迎があるので助かる」という声もいただいています。私自身は、義務教育の期間は、無料であるべきだと思っていますが、正直、経営的にはきついです。今後、どう継続していくかは大きな課題ですね。

子どもたちには、「やったらできる」ということを実感する機会を作りたい。例えば釣りだったら、ブルーギルは空気読んで、すぐに釣れてくれるじゃないですか(笑)。そこから始めて、少し忍耐力が付いてきたら、大物を狙いに行く。釣りだけではなく、どんなことでも少しずつ積み上げていくことが、自己肯定感につながると考えています。


卒業生の2人、池田涼空斗さん(高3)と、石渡浄玖さん(高1)にもお話を伺いました。

池田さん
僕が通っていたのは中3の1年間です。親が勧めてくれて、最初の頃のことはあまり覚えてないけれど…すんなり馴染めたと思います。朝、早いのが苦手で、学校はつらかったんですが、ここは自分のペースで大丈夫だったので、通う力がついたというか、「行ける」という感覚が持てたのが良かった。「日なた」の先生はやさしい雰囲気で、学校の先生とは距離感が違って、話しやすかったです。ここに来て、定時制の高校があることを知り、進学するという目標ができました。

普段は昼の1時に来て、勉強を教えてもらっていました。中3の最後のほうは、「学校にも行ってみようかな」と思うようになったので、週1とか短い時間、少しずつ行くようになって、卒業式にも出席しました。建築に興味があるので、今はその道を目指しています。将来のことを考えるようになったのも、ここでいろいろ経験させてもらったからだと思います。

石渡さん
僕はちょうど中学に入学した時がコロナ禍と重なり、勉強や友人のことなど、出だしがうまくいかなかったことがきっかけで、学校に行きづらくなりました。母親が「日なた」を知って、見学に来てみたのが中2の頃。そこから約2年間、週2日ほど通いました。内職をしたり、もともと運動が好きだったので皆と一緒にスポーツをしたり、あとは釣りによく行きました。3年生になってからは、高校に行きたいと思うようになったので、勉強もしました。

ここは僕にとって、やりたいことができる場所。そしてできることが増えると、次のこと、その先のことも「やってみたい」と思えるような場所です。もし、今学校に行けなくて悩んでいる子がいたら、ここなら自分のペースでいろいろなことができるので、「ちょっとでもいいから一度来てみて」って伝えたいです。